翁(おきな)とてくてく東海道(8) 由比宿~江尻宿~府中宿の巻


江戸から東海道五十三次を歩き継ぐ健康ウォーク。今回は2017年夏の駿河路です。まずは7月に駿河・由比宿(ゆいしゅく)から絶景の薩埵峠(さったとうげ)を越えて、興津宿、江尻宿(清水)へ歩いた旅。レアな昆虫や史跡を楽しめました。続いて、9月は清水の次郎長の墓から草薙を経て、府中宿への道。キーポイントは三つの銅像でした。反省会では名物おでんを満喫できました。

予定より30分遅く、由比駅から4人で出発

7月22日。集合場所はJR東海道線・由比駅だが、叔父が寝過ごして清水まで行ってしまった。叔父は30分遅れで9時に頭をかきながら登場。「いや~面目ない」。

弟も含めて4人旅。右手に迫る山と左の線路に挟まれた細い道を歩く。この倉沢地区は東海道の風情をよく残した人気スポット。格子戸と蔀戸(しとみど)の美しい家が左右に並び、弟はしきりにスマホで撮っていた。薩埵峠への登り口に、「望嶽亭(ぼうがくてい)藤屋」がある。案内人の翁(おきな)によると、ここは戊辰戦争で幕臣の山岡鉄舟が、江戸無血開城の下交渉で西郷どんに会いに駿府へ向かう途中、隠れた宿だったとか。鉄舟のピストルも残されているそうだ。

続きはdヘルスケアに入会後
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薩埵峠に向かう倉沢の家並み

望嶽亭藤屋

急な峠道もすぐ緩やかに…10時半に薩埵峠

最初は急な峠道もすぐ緩やかになった。ビワと夏みかんの山道をゆるゆる上っていく。咲き乱れる大きなラッパ形の花を、叔父が「チョウセンアサガオだ」と教えてくれた。青い駿河湾が見えてきて、10時半に薩埵峠に到着。ここから、東海自然歩道ですぐ展望台に着いた。「広重の描いた景色がそのまま見られるのは東海道でここだけ」という触れ込み。夏雲が富士山を隠していたが、それでも海岸線の東名高速道路と国道1号、東海道線が絡み合う景観は一見の価値がある。

歌川広重の東海道五十三次「由井」

薩埵峠の展望台からの眺め

カラフルな虫が飛来、なんと吉兆タマムシ

峠道を下って墓地を抜けると、カラフルな虫が飛来した。なんと吉兆タマムシ! 思わず捕まえた。正式名ヤマトタマムシ。タンスに入れておくと着物が増えると言われるが、着物は不要なので解放した。

飛んできた「吉兆タマムシ」

興津駅近くのとんかつ屋で昼食…野球談議で盛り上がる

興津川を渡るころには11時半を過ぎていた。もうビールのことしか頭になく、興津駅近くのとんかつ屋「かつ平」に駆け込んだ。親父(おやじ)と弟はかつ丼、叔父は串揚げ定食。僕はかつ煮定食を堪能した。テレビで流れている高校野球静岡県大会の舞台は草薙球場らしい。親父が「草薙球場で沢村栄治がベーブ・ルースと対決したんだ」と言い出す。こういう知識は一生消えないようだ。調べたら親父の生まれる前の話だった。

興津駅近くの「かつ平」で昼飯

見どころ満載の戦国武将ゆかりの地

街道に戻って、すぐ清見(せいけん)寺。足利尊氏、今川義元、徳川家康の庇護(ひご)を受けた大変な名刹(めいさつ)だった。大輪のハスや、家康お手植えの「臥龍梅(がりゅうばい)」もあり、豊臣秀吉ゆかりの鐘楼もあって見どころ満載。

清見寺の臥龍梅

中でも五百羅漢は圧巻で、一つ一つ顔が違うのは見事だ。島崎藤村は「誰かしら知った人に逢える」と書いたが、みな老爺(ろうや)の顔であった。

清見寺の五百羅漢

元老・西園寺公望の別荘に立ち寄る

続いて、元老・西園寺公望の別荘「坐漁(ざぎょ)荘」に立ち寄る。白髪の翁がガイドしてくれた。西園寺公は70歳から没する91歳までここにいた。密談を外から聞かれないように客間は2階にして、廊下は鴬(うぐいす)張りにして忍び足ができないようにしていたそうだ。目の前の公園は昔、清見潟という干潟で、1961年の写真を見せて、「中学生の私も写っている」と言っていた。翁は高齢に見えたが、「僕らより若いんだな」と叔父が驚いていた。

「坐漁荘」の庭。向かいの公園はもとは海だった

午後3時頃に江尻宿、ゴールは桜橋駅に

あまりの暑さで、コンビニに寄るたび休憩し、銀行の無人ATMでも涼んだ。江尻の宿には午後3時半頃に入った。「今日は4時半には草薙で風呂にしようか」と親父。「静岡鉄道があるから、途中で乗っちゃおう」と提案して、衆議一決。草薙より手前の桜橋駅をゴールにした。

清水と言えばサッカー。ここの魚町稲荷神社は、通称「サッカー神社」と呼ばれる。隣の清水江尻小学校で1956年にサッカー好きの教員が着任し、「ボールを蹴ってはいけない」という校則を廃止してもらって日本で初めての少年サッカーチームを作ったそうな。そんなピンポイントな校則があるのかと首を傾(かし)げたが、叔父は「そりゃ早いわ。僕ら高校で初めてサッカーやった」と感心していた。

江尻の「サッカー神社」魚町稲荷

桜橋駅に到着後、静鉄で三つ目の草薙駅で下車し、「あおい温泉草薙の湯」に午後4時50分に入った。駅近くの居酒屋で反省会。凍らせたジョッキのビールがうれしい。「海つぼ」という巻貝と黒はんぺんの串カツがうまかった。地酒の「臥龍梅」でほろ酔い気分。

歩行距離14.4キロ。歩数計は3万4018歩。

清水駅からバスで「次郎長の墓」へ、寄り道して出発

9月23日。5時前に家を出るときは土砂降りだったが、小田急線で小田原駅に着く頃には上がった。JR東海道線・清水駅ではご当地アニメ「ちびまる子ちゃん」が出迎えた。親父と叔父と8時35分に合流。バスで次郎長の墓に寄ることにした。

清水駅のちびまる子ちゃんの看板

10分程で梅蔭(ばいいん)寺に到着。入館料300円を払って資料館と墓を見学した。資料館は、次郎長の業績展示や遺品で満載。ばくち道具まであった。おなじみの森の石松、大政、小政なんて子分たちの墓も並ぶ。次郎長の墓碑は、榎本武揚が揮毫(きごう)していた。

梅蔭寺の次郎長像

続いて、「壮士の墓」へ。戊辰戦争で、幕府の軍艦「咸臨丸」が官軍の攻撃を受けた際に幕兵の死体が多数清水港に浮かんだ。官軍の目を恐れて放置されたが、次郎長が「仏に官軍も幕軍もない。罰は俺が受ける」と葬った。これに感激した榎本や山岡鉄舟が次郎長と親交を深めたという。

次郎長が男を上げた「壮士の墓」

さらに、2001年に復元された次郎長の船宿「末広」に寄った。旅順港閉塞作戦の広瀬武夫中佐は、次郎長と話したくてここまで来ていたそうだ。押し出しのいいおばさんが「どこからだい? 広島かい?」と聞く。この日はサッカーの清水VS広島戦があるので、よそ者ならば芸州者と疑うらしい。おばさんは外国人客には英語で接していた。親父は「あのおかみさん、次郎長のDNA入ってたな」と苦笑していた。

次郎長の船宿「末広」。清水港に豪華客船が入るので 外国人観光客が多い

11時にようやく前回ゴールの桜橋駅に

11時に前回の終着点、静岡鉄道・桜橋駅に着いた。ようやく東海道に戻って府中宿への道を出発。ほどなく、「追分羊かん」を見つけて入店した。店先の「追分道標」は元禄10年(1697年)に建ったといわれ、「赤穂義士もこれを見ていたはずですよ」とおかみさんが教えてくれた。

「追分羊かん」の店先にある道標

草薙で天ぷら定食、天丼、うな丼の昼食…また野球談議

朝が早いと、腹が減るのも早い。草薙駅近くの天ぷら屋「天よし」に「うなぎ」の幟(のぼり)を見つけて昼食とした。早速、生ビール。叔父はうな丼、親父は好物の天ぷら定食、僕は天丼。話題は早稲田実業の清宮選手がプロ志望宣言した話になる。「王さんを超えるかも」と叔父。王ファンの私は「清宮はあのラガーマンの子だけど、王は中華料理店の普通の体格の両親から生まれた」と比較してたたえた。

草薙駅前「天よし」で昼飯

店から20分ほどで草薙球場だった。親父がここに立ち寄るのを熱望していたのは、沢村栄治とベーブ・ルースの像があったから。1934年の日米野球は、日本の16戦全敗に終わったが、この草薙では当時17歳の沢村が全米を1失点に抑える快投を見せた。0-1で敗れても、大殊勲と称えられた。「足を高く上げてるだろ」と親父が解説した。見たこともないはずだが。

草薙球場の沢村栄治像

午後4時、静岡の府中宿…江戸城無血開城の下交渉の地に

JRの地下道をくぐって東静岡を抜け、静岡の府中宿東見付には午後4時頃に入った。山岡鉄舟と西郷隆盛が江戸城無血開城の下交渉をした地に、記念碑と解説板があった。無血開城といえば勝海舟と西郷との会見だが、「実質的な交渉は静岡会見で行われ、江戸の会見はセレモニーにすぎない」などとあり、「これじゃ勝海舟の立場がないじゃない」と叔父が突っ込んだ。

府中宿にある西郷隆盛と山岡鉄舟の会見の地

夕暮れの「駿府城」に入城。鷹狩りの家康像を今日のゴールとした。鷹を止まらせている左手にはちゃんとグローブもしてあった。右手には鷹に餌をやる箸らしいものが。向かいには、家康が紀州から取り寄せて植えたというミカンの木があった。県指定天然記念物で、金網でガードしてある。

駿府城公園内にある徳川家康像

ゴールは静岡駅、静岡おでんで打ち上げ

最後の将軍、徳川慶喜が明治維新後に隠居していた「浮月楼(ふげつろう)」を通って静岡駅前へ。ここで本日は行軍終了。電車で1駅、JR東静岡駅前の温泉施設で汗を流した。親父はウォーキングの後は水風呂で冷やすようにしてから、筋肉痛がなくなったという。

タクシーを呼んで、私のお気に入りの居酒屋「しんちゃん」に電話した。奥さんが狂喜してくれて、満席だったが席を3人分あけてくれた。お目当ては黒いだし汁が特徴の静岡おでん。黒はんぺんや牛スジがうまい。ますます繁盛して忙しそうだった。「また来るからね」と別れを惜しんで家路へ。

東静岡「しんちゃん」の静岡おでん

行程は18.2キロ。歩数計は3万6837歩だったが、次郎長の寄り道が4キロ以上あった。

筆者:丸山 謙一 / まるやま けんいち

丸山 謙一 / まるやま けんいち

1966年横浜市生まれ。読売新聞東京本社の社会部デスク、盛岡支局長、医療ネットワーク事務局長などを経て現在、教育部長。道楽で街道ウォークをやっていて、親父たちと一緒に、毎月1回、休日に歩き継いでいる。毎回10キロ、2万歩が目標。

記事提供:ヨミドクター(読売新聞)

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