翁(おきな)とてくてく東海道(9) 府中宿~岡部宿~六合の巻


月1回ずつ東海道五十三次を歩く健康ウォークも、2017年秋は天候不順で3回流れました。12月は9月以来の旅。80歳を迎えた親父(おやじ)の初旅は府中宿~岡部宿。東海道の魅力が凝縮されて、味も楽しめるお気に入りの行程です。続いて18年1月は岡部宿~島田宿。寒風吹きすさぶ松並木の旅は、雨に降られて目標に届かず、健康ランドでほっこりして終わりました。

城下をゆっくり歩き安倍川もちを食べる

12月23日は静岡駅の竹千代君像前に午前8時半に集合。親父と叔父は新幹線を利用し、弟は前日入りしていた。「久しぶりだから、よくマッサージ受けてきた」と親父が言えば、「安倍川もちの元祖・石部屋(せきべや)は10時開店だって」と叔父もたっぷり予習してきた様子だ。

ゆっくり城下を行くが、それでも9時半には安倍川橋前の店まで来てしまった。記念碑や解説板を見ていると10時になった。きな粉の安倍川もちとからみもちを1皿ずつ注文して4人で分けた。著名人が店に残した短冊を眺める。ペギー葉山、永六輔、片岡千恵蔵……。鬼籍に入った人が多い。親父が「片岡千恵蔵なんて知ってるのか」と聞くので、「大岡越前で加藤剛の父親役だった」と弟が即答した。

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元祖安倍川もちの石部屋

安倍川もち

安倍川を渡り少将井神社、君盃酒蔵を訪ねる

安倍川を渡り、手越(てごし)へ。巨大なクスノキの少将井(しょうしょうい)神社に立ち寄る。源平合戦で捕らわれた平重衡(しげひら)を慰めたという白拍子「千手の前」が祭られている。千手の前は当地の長者の娘だったらしい。

少将井神社の千手の前像

街道に戻ると酒蔵があった。君盃(くんはい)酒造。若旦那は試飲用の酒を勧めながら、「昨日、親父が試飲用をだいぶ飲んじまいましてね。ダメだって言っているのに」と笑わせた。2合瓶を2本購入。ずらりと並ぶ貧乏徳利が見事だった。「戦災を免れて残った貴重品ですよ」とのこと。

君盃酒造

浮世絵にもなった丸子の「丁子屋」でとろろ汁

丸子宿を抜けると、とろろ汁の丁子屋(ちょうじや)だ。茅葺(かやぶ)き屋根に親父も弟も「おお!」と声を上げた。広重の浮世絵に描かれた中で唯一現存する店で、とろろが苦手な親父はひとり刺し身定食を頼む。

歌川広重の東海道五十三次「丸子」

丸子の丁子屋

「口の周りがかゆくなるんだよ」って子どもじゃないんだから。とろろには麦飯だった。叔父は「麦飯って言ってもこれ、ちょっと入れた程度だね。麦が3割も入ると真っ黒になっちゃうんだ。子どもの頃、(麦飯の)弁当が恥ずかしくてね」と述懐する。「弁当持っていける子はマシでね。ない子は昼休み、校庭で遊んでいた。給食が出るようになってほっとしたよ」と、焦土に育った子供心を語った。

とろろ汁

満腹を抱えて吐月峰柴屋寺(とげっぽうさいおくじ)に寄り道した。駿河に残る今川家ゆかりの数少ない史跡だ。足利義政から拝領した文福茶釜とか、武田信玄の戦勝祈願の品、今川義元が寄進した笛、一休さんゆかりの品とか、お宝が質素な戸棚に展示してあった。「本当は博物館に預けるものなんじゃないの」と思わずつぶやいた。

吐月峰柴屋寺

近隣には、とろろ屋さんがたくさんあった。観光バスの入るテーマパークもあって、叔父は「丁子屋が一つ残っていたおかげで、こんな谷あいが観光地になったんだな。味は観光の大事な要素だから」。

宇津ノ谷の道の駅に午後3時到着

街道を急いで、道の駅・宇津ノ谷(うつのや)峠に午後3時頃到着。静岡おでんがあったので、はんぺんを食した。ほかの3人はそろってアイス。谷間に入ると日が陰って寒くなる。ほどなく私のお気に入りの宇津ノ谷集落。弟は盛んに写真を撮った。江戸時代にタイムスリップしたような家並みだ。

宇津ノ谷の集落

坂道を上ると、「明治のトンネル」。静岡市と藤枝市の境界、宇津ノ谷峠を貫く人道トンネルで、明治9年に開通した国の登録有形文化財だ。長さは200メートルほど。母子連れが出てきたところにわれら一行が到着した。薄暗いカンテラのともる中に、黒い塊が二つ見えた。親父が「イノシシかな」と指をさすと、若い母親が「うちの主人と娘です」と笑った。父娘がトンネル内でかがんでいたのだった。

明治のトンネル

ゴールは「藤枝市岡部支所前」、バスで焼津駅へ

急な下り道になり、親父も叔父も慎重に歩く。「ここを大名行列が通ったのかい」と叔父が驚いた。だいぶ日が傾いて、岡部宿の大旅籠柏屋(おおはたごかしばや)には午後4時半頃に到着。翁(おきな)に焼津駅行きのバス乗り場を聞くと、旧岡部町役場の「藤枝市岡部支所前」だと教えてくれた。本日のゴールはバス停にした。バス乗車は20分ほど。焼津の「エキチカくろしお温泉」で冷えた体を温めた。1時間480円という銭湯並みの料金でサウナもあった。反省会の磯料理店「黒潮」は温泉から西に100メートル。マグロ三昧(ざんまい)にカツオ刺し身、アジのたたき、ながらみという貝。おまけに地酒が豊富で、焼津の「磯自慢」と岡部の「初亀」を満喫した。

黒潮のマグロ三昧

行程は18.9キロ、歩数計は3万8593歩。

最強寒波の中、2018年初ウォーク

居座り続ける最強寒波の中、2018年の初ウォークは1月28日だった。

静岡駅の竹千代君像に午前8時半に集合。前回ゴールの岡部宿まで、4人でバスに乗る。前回歩いた道をバスで40分、大旅籠柏屋で下車した。前回ひと汗かいて越えた宇津ノ谷峠も、トンネルで一気に通過してしまった。

大旅籠柏屋

旅籠で江戸時代の装束を試す

せっかくなので、入館料300円を払って柏屋を見学する。ガイド氏によると、1836年(天保7年)の建造で1994年まで媼(おうな)が1人で住んでいたそうな。町がサッシ戸をわざわざ蔀(しとみ)戸に戻して、街道からセットバックさせて観光施設にしたという。興味深かったのは、昔のタイマー。蚊取り線香のように細く詰めた香をたいて、燃えた長さで時間を計る。香の種類を途中で変えておけば、匂いの変化でも時間の経過がわかる。

ここでは江戸時代の装束を試着できる。「合宿に来たイタリアの柔道選手がSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)でサムライ姿を流してから、イタリア人がコスプレしに来るようになった」とガイド氏。

江戸の旅人でやんす

宿場を進むと、前回は暗くて見過ごしたサッカーの「ゴン中山」こと中山雅史選手の実家があった。手入れの行き届いた松の木と格子戸の立派なお屋敷。「ゴン父」にはお目にかかれず。

松並木を行くと、ほどなく美濃岩村藩領の横内村に入る。老中に出世した岩村藩主が駿河に得た所領だ。旅人に話しかけてくる住民が多い。横内を抜けると藤枝・田中藩領だった。葉梨川の橋を渡る親父たちが絵になった。しずてつストアでトイレ休憩。正午を過ぎていた。「30分で藤枝の商店街だから」と、昼飯を待望する3人をなだめた。実際に30分で宿場に着いた。

横内の松並木

葉梨川を渡る旅人

日蓮聖人のお手植え、大慶寺で「久遠の松」を眺める

大慶寺で「久遠の松」を眺めた。日蓮聖人(しょうにん)のお手植えと伝わる。樹齢750年樹高25メートルの見事なクロマツは県指定天然記念物。さすがだ。お隣の相良藩主だった老中・田沼意次が失脚して取り潰されので、相良城の御殿はここに移築されたという。

藤枝宿の大慶寺

日本橋から50里目、とうとう200キロ

道中の寒さゆえ、みんな藤枝名物の「冷やしラーメン」に惹(ひ)かれないようなので、温かい食事を探す。以前かつ丼を食べた人気店は、順番待ちの列が見えたのでパス。しかし、ほかの飲食店はことごとく日曜休みだった。鰻(うなぎ)屋さんがあったが、テイクアウト専門店。焼き肉店も休み。寿司(すし)屋さんがあったが、「温かい飯がいい」と親父が言う。空腹のうちに勝草橋で瀬戸川を渡ってしまった。たもとには志太一里塚。日本橋から50里目で、とうとう200キロを歩いた。

志太一里塚

やっとラーメン店「麺や剛」を発見してなだれ込んだ。ラーメンで体の芯から温まった。午後1時40分になっていた。

千貫堤伝承館の2大展示が千貫堤と染飯

次の目標は藤枝市の千貫堤(せんがんづつみ)・瀬戸染飯(せとのそめいい)伝承館。平坦(へいたん)な道をずんずん進む。田中藩領を出て名残の松をたどりながら、午後2時40分頃着いた。ここの2大展示が千貫堤と染飯。千貫堤は大井川の氾濫に備えた田中藩の堤防。染飯はくちなしの実で米を黄色く着色した名物の飯。織田信長や小林一茶も食したという。暖房のきいた伝承館に入ると、元県庁マンだというガイドさんが解説してくれた。ちょうどくちなしを干す作業をしていて、「お酒に入れて飲みなさい」と、一つかみくれた。

くちなしの実

六合駅の先に健康ランドがあるのは調べ済み。そこまで行けば温まれる、と3人を激励しながら歩を進める。と、「喜久酔(きくよい)」と大書した造り酒屋(青島酒造)が出てきた。また吸い込まれるダメな私たち。店主に、「前回、焼津で磯自慢飲みました」と言うと、「磯自慢は、(2008年の)洞爺湖サミットの夕食会で乾杯酒に使われてから人気が出過ぎて、地元じゃ飲めないんですよ」とぼやいていた。

喜久酔の青島酒造

この日三つめの一里塚、雨が降ったのでウォーク終了

喜久酔の四合瓶を買って出発。親父にも疲れが出てきた。この日三つめの一里塚を過ぎたので12キロ以上は歩いている。午後4時46分、六合駅の先の「島田蓬莱の湯」に着いた。島田駅まではあと2キロくらい。風呂から上がってまだ元気なら歩くことにしたが、露天風呂で雨が降り始めた。これでウォークは強制終了。タクシーを呼んで島田駅前の居酒屋「磯舟」へ向かった。

歩行距離16.0キロ。歩数計は3万1986歩。

これからも歩き続けますが、健康コラムでの連載はこの回で終了となります。記事提供元の読売新聞の医療・健康・介護サイト「ヨミドクター」で引き続き掲載いたします。

筆者:丸山 謙一 / まるやま けんいち

丸山 謙一 / まるやま けんいち

1966年横浜市生まれ。読売新聞東京本社の社会部デスク、盛岡支局長、医療ネットワーク事務局長などを経て現在、教育部長。道楽で街道ウォークをやっていて、親父たちと一緒に、毎月1回、休日に歩き継いでいる。毎回10キロ、2万歩が目標。

記事提供:ヨミドクター(読売新聞)

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