2017.07.13生活習慣

翁(おきな)とてくてく東海道(1)日本橋~品川宿の巻


健康寿命の延伸をめざし、78歳の親父(おやじ)と75歳の叔父を連れ出して2016年春、日本橋から東海道を歩き始めました。私は50歳の新聞記者、歩き始めたときは49歳。道楽で街道ウォークをやっていて、親父たちも興味ありそうだったので、誘ってみました。毎月1回、休日に歩き継いで毎回10キロ、2万歩が目標。道中、翁(おきな)たちの金言にも期待です。

日本橋を親父(左)と叔父とともに出発

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日本橋三越本店のライオン像から出発

5月4日。雨で中止も検討したが、早く上がったので、午前11時に日本橋三越本店のライオン像前に集合した。このライオン像はロンドンのトラファルガー広場のものをまねていて、人に見られずに跨(また)がると志望校に受かるそうだ。

親父は損保OB。叔父は現役の公認会計士。2人とも落語やら伝統芸能に造詣が深く、ビジネスマンらしいうんちく話には定評がある。両翁は歩き出すと、「ここに白木屋デパートがあった」「得意先が重役に昇進すると、この明治屋まで紅白のワインを買いに来た」「ここは東京海上のビルだったのに売っちゃったのか」などとか賑(にぎ)やか。銀座の中央通りではティファニー、ブルガリ、シャネル、カルティエと並ぶ看板の中に「洋服の青山」があるのを見つけて、「この方が親しみ持てる」と叔父が笑った。

早めに銀座で昼食、天丼にビール

芝まで歩いて昼飯のつもりだったが、親父の好物が銀座「天國(てんくに)」の天ぷらだと知る叔父が、早めの昼飯を提案。親父も飛びつく。まずはビール。

天丼

芝神明商店街

再出発後、新橋駅前を通り抜けて浜松町駅に近い芝神明商店街へ。叔父がここを通りたがった。休日でシャッターは下りていたが、いい感じの飲食店が多い。叔父は練馬の家から大門まで大江戸線一本で来られるとか。親父は「増上寺の前に小籠包(しょうろんぽう)のうまい店がある」と教えてくれた。実際には「小籠包」の言葉が出てこなくて、ウォークの後、品川で飲んでいるときに思い出して言ったのだが、思い出す努力は認知症予防には有効。

三田で「勝・西郷の会見地」

勝・西郷の会見地

三田では江戸無血開城の「勝・西郷の会見地」を見るが、場所が三菱自動車の本社前で、折しも燃費試験の不正問題が発覚していて、「三菱、今度は商事や重工が面倒みてどうなるって話じゃないもんな」と経済談議になっていた。

高輪大木戸跡(おおきどあと)で、「江戸はここまでだった」と説明すると、叔父はすかさず「本郷も かねやすまでは 江戸の内」という川柳を言い出した。方向は違えど同じ江戸の境界についての話を思いつくところはさすが。「かねやす」は、今でも本郷三丁目駅前にある雑貨店だ。

親父は若い頃、高輪大木戸跡の脇にある「日本トムソン」という会社に出入りしていたようで、「品川からも田町からも遠くて、歩くのに閉口した」とさらに思い出を語る。

泉岳寺で赤穂浪士話で盛り上がる

ほどなく泉岳寺。「吉良首洗いの井戸」の石囲いには「川上音二郎寄贈」とあった。赤穂浪士の話になると翁2人は詳しい。テレビドラマや映画で語られた赤穂浪士を支援した商人の台詞(せりふ)「天野屋利兵衛は男でござる」なんて、2人でやっている。四十七士の墓石には「刃」で始まる戒名がそろって刻まれていた。自刃した者にはそう付けたという説や、罪人だからこうしたという説があるようだ。大石親子の墓だけは囲い付きの別格扱い。浅野の殿様の墓も一段高いところにあった。叔父は「殿様、ちょっと気が短かったんだよな」と語る。「赤穂浪士テロリスト論がある」と話すと、意外そうな表情を見せる。「松の廊下でも上野介は殺人未遂の被害者で、本所屋敷にも徒党を組んだ浪士に押し入られてリンチにあった」という解釈に釈然としない様子だ。

吉良首洗いの井戸

品川駅前を通って八ツ山橋から品川宿へ、ゴールは荏原神社

品川宿・本陣跡

品川駅前を通って八ツ山橋から品川宿へ。海徳寺のホームラン地蔵を探す。しながわ観光協会のマップで見つけて、今日のゴールの荏原神社から近かったので足を延ばした。新人時代の王貞治選手が心臓病の少年と知り合ってホームラン王になると誓ったそうな。1962年に少年は14歳で世を去り、両親が王さんとの思い出のためにバットとボールを携えた「和夫地蔵」を墓に建てたという。その後、王さんはホームラン王になる度、この地蔵に報告に来ていたという感動のお話。お寺もわざわざPRしないので、墓地を散々探しても見つからず、諦めて帰ろうとしたら、墓地の入り口に見つかった。

海徳寺のホームラン地蔵

2万歩の歩数計に満足そうな2人を新馬場の「天神湯」へいざなう。真っ黒いお湯の天然温泉。湯上がりに品川駅前へ移動。「ウィング高輪」地下の居酒屋で、九州フェアと称して馬刺しやアジの琉球で反省会。

次回は新馬場駅集合で川崎宿をめざすことになった。

筆者:丸山 謙一 / まるやま けんいち

丸山 謙一 / まるやま けんいち

1966年横浜市生まれ。読売新聞東京本社の社会部デスク、盛岡支局長、医療ネットワーク事務局長などを経て現在、教育部長。道楽で街道ウォークをやっていて、親父たちと一緒に、毎月1回、休日に歩き継いでいる。毎回10キロ、2万歩が目標。

記事提供:ヨミドクター(読売新聞)

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