2017.08.10生活習慣

翁(おきな)とてくてく東海道(2)品川宿~川崎宿の巻


健康寿命の延伸をめざし、78歳の親父と75歳の叔父を連れ出して2016年春、日本橋から東海道を歩き始めました。私は50歳の新聞記者、歩き始めたときは49歳。道楽で街道ウォークをやっています。

1日15キロ、3万歩…さすがに歩き過ぎた

2016年6月18日。梅雨の晴れ間の2回目は品川の京浜急行・新馬場駅に集合して、川崎宿をめざした。初回の10キロ、2万歩は何ともなかったという2人が頼もしい。

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さっそく品川神社でミニ富士山登山

下調べをしたら、新馬場駅周辺に見どころが多いので寄り道をした。駅からほど近い品川神社には、富士講の行われる「富士塚」があり、ミニ富士山と呼ばれる。昭和の初めに「新東京八景」になったという名所である。脇道から登ったので最後は岩登りになった。山男だった親父(おやじ)は平気で登った。境内には勝海舟の揮毫(きごう)した碑やら、板垣退助の墓やらがあり、近くには沢庵和尚の寺や、五輪塔の林立する奥平家の墓所、清光院もあった。

品川神社にある富士塚を登る

品川・清光院の奥平家墓所

イギリスのEU離脱など経済談議に

東海道に戻って歩き出すと、親父と叔父は経済談議に夢中になっていた。「イギリスの国民投票(EU離脱)で株価がこんなに動く時代だからねえ。いいときに退職しといたな」などと親父が言う。新聞をちゃんと読んで世の中の動きをフォローすることは、認知症予防の基本。これなら大丈夫と、安心した。

ほどなく、品川寺(ほんせんじ)。江戸六地蔵のうちの一つがある。叔父はほかの地蔵も訪ねたことがあるようで、「深川の地蔵だけはもうないんだ」と詳しかった。品川寺の梵鐘(ぼんしょう)は1867年に開かれたパリ万国博覧会に出品され、行方不明になったが、ジュネーブの美術館で1919年に発見されて、1930年に返還されたという話も教えてくれた。

品川寺の地蔵菩薩像

青物横丁駅の駅メロディーは「人生いろいろ」

近くの京浜急行・青物横丁駅の駅メロディーが地元出身の島倉千代子の「人生いろいろ」だというので、電車が着いたとき3人で耳を澄ましたが聞こえなかった。朝の新馬場で寄り道をしていたとき、「島倉千代子の墓が近くにあるけど、急ぐからカットするよ」と話してパスしていたのだが、親父は急に思い出して、「あ、お千代さんの墓どうした?」と言い出す。寄りたかったのか……。

続いて、海雲寺の「平蔵地蔵」。江戸時代に物乞いをして暮らしていた平蔵が多額の金を拾ったので、落とし主を探してお金を返したが、お礼の小判を辞退してしまった。分け前を期待していた仲間から正直者の平蔵はのけ者にされ、住んでいた小屋を出されて野垂れ死にした。お金の落とし主の武士が、ふびんに思って平蔵を供養したというお地蔵。2人はなかなか感じ入った様子だ。親父は「このあいだの朝、裏の公園へ体操に行って財布を拾ってさ、駅前交番に届けてある」と語った。78歳ながら、短期記憶もしっかりしている。

海雲寺の平蔵地蔵

鈴ヶ森刑場の近くのそば屋で昼飯のつもりだったが、親父の足がつって、早めに立会川の坂本龍馬像前でそば屋に入った。脱藩前の龍馬が、砲台普請のために詰めていた土佐藩下屋敷があった辺りだ。ここで「砲台そば」を食べながら同窓会談議になった。

立会川の坂本龍馬像

鈴ヶ森刑場跡

親父の高校同窓会はゴルフ部にカラオケ部、旅行部があるとか。450人の同期のうち270人に案内状を送って出席55人。「もう認知症だから案内状不要って人とか、家族同伴で来て車いすの人がいる」という。叔父の方も同窓会は「畳(たた)んだ」そうだ。私らは50歳を前に同期会を整備したばかりだが、いつかそうなるのか。

暑さで途中、コーヒー店に

親父が暑さにマイっているので、細かく休みを取る。京浜急行・蒲田駅ではコーヒー店に入った。叔父の次女には娘が2人いるが、婿(むこ)どのは有給休暇をとってよく面倒をみているそうだ。「昔の僕とは大違い。古い手帳見たら、1月の31日のうち、BGMの丸印が28個あった。ボーリング、ゴルフ、麻雀のこと。よくカネがもったなあ」と叔父さん。

国道の橋を渡って川崎宿に入る。将軍吉宗が庶民の見せ物にと、ベトナムのゾウを江戸へ連れてくるとき、ここらで舟を並べて架けた橋を渡らせた。叔父は「お大師に寄れるの?」と聞いてきたが、川崎大師はさすがに東海道から2~3キロ外れるので諦めてもらった。

銭湯のロッカー鍵の偶然…イチローと大谷選手の背番号

この日のゴール、川崎宿の小土呂橋跡には午後5時過ぎに到着。近くの天然温泉の銭湯「政(まさ)の湯」に入る。靴箱の番号を見て、叔父が「さすがに51は埋まっているな」と言う。折しもイチローがピート・ローズの安打記録を抜いた直後。私は「大谷翔平の11も空いてない」と応じた。番台のおじさんからロッカー鍵をもらって脱衣場へ行くと叔父のロッカーは51番、私は11番だった。番台が会話を聞いていたとは思えず、すごい偶然。茶色いお湯の天然温泉には電気風呂もあってなかなかしびれた。

川崎宿・小土呂橋跡

居酒屋で反省会。次回は夏の炎天下を保土ヶ谷宿まで歩くのもしんどいので、順番を変えて、箱根下りをやる案が浮上した。本日の行程14.8キロ。3万歩いってしまった(注・これはやり過ぎです)。

筆者:丸山 謙一 / まるやま けんいち

丸山 謙一 / まるやま けんいち

1966年横浜市生まれ。読売新聞東京本社の社会部デスク、盛岡支局長、医療ネットワーク事務局長などを経て現在、教育部長。道楽で街道ウォークをやっていて、親父たちと一緒に、毎月1回、休日に歩き継いでいる。毎回10キロ、2万歩が目標。

記事提供:ヨミドクター(読売新聞)

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